2010年2月3日水曜日

「カド」は「ニシンを指すアイヌ語」か

「カズノコ」の語源として「アイヌ語でニシンのことを『カド』という」とし、その卵だから日本語話者が「カドの子」と呼んだ、という説がネット上に見つかります。これは本当でしょうか。まず、アイヌ語辞書を調べてみてください。ニシンは「heroki(ヘロキ)」です。そして「カド」というアイヌ語は見つかりません。「カド」に近いアイヌ語の語形としてはkato, katu, kanto, kantuなどいくつか思い浮かびますが、いずれも見つかりません。kantoは「天」ですし、katuはkat「かたち、様子」の所属形として見つかるでしょうが、魚の名ではありません。

ではどこからこの「アイヌ語でニシンのことを『カド』という」などという記述が出てきたのでしょうか。『大言海』では「『カド』は蝦夷語ではないか」としており、おそらくこれが典拠なのではないかと思います。著者の大槻文彦はアイヌ語を直接学んだわけではなく、文献からそう推測しているはずです。ニシンを指す「カド」という語自体は日本語のおそらく方言語彙として存在しており、それを知っていた誰かが「これはアイヌ語に違いない」と考えたのでしょうか。ひょっとしたら、当時北海道でアイヌ語話者と日本語話者が話をしたときに、アイヌ語のheroki「ニシン」ではなく、「カド」という日本語を用いていたのかもしれません。

いずれにしても、『大言海』の憶測をそのまま事実として転載するいい加減な人たちのせいで、「アイヌ語でニシンのことを『カド』と呼ぶ」などというような、少なくとも現代アイヌ語に関しては明らかに誤りである記述がweb上にたくさんコピーペーストされる事態となりました。

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